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東京高等裁判所 昭和25年(ラ)218号 決定 1951年2月13日

抗告人 徐炳車

訴訟代理人 加藤晃

主文

本件抗告はこれを棄却する。

理由

本件抗告の要旨は、「原裁判所は、さきに本件につき昭和二十五年九月一日附を以て被転付債権を「一金五百七十六万五千円也債務者が第三債務者より飲食店紫園委託経営契約に基いて昭和二十五年八月より同二十八年九月まで毎月末日十五万円宛同二十八年十月は金六万五千円也支払を受くべき金員」と表示して債権転付命令を発したところ、その後昭和二十五年九月二十二日に至り右命令に明白な誤謬があるとして、被転付債権の表示を「一金五百七十六万五千円也の内債務者が第三債務者より飲食店紫園委託経営契約に基いて昭和二十五年八月分金十五万円の支払を受くべき金員」と更正する旨の決定をなした。しかしながら、更正決定は、違算、書損その他これに類する明白な誤謬のあるときに限りこれをなしうるものであつて、明白な誤謬とはその文詞自体の前後より推究しもしくはその事件において顯出せる訴訟資料と対照しその誤記たることを知りうべき場合をいい、しかも違算、書損に類するものでなければならないのである。

そして又一方将来の収入といえども債権額を限度として差押えることをうべく、差押えられた金銭債権は将来の収入に関すると否とにかかわらず支払に替え券面額を以て差押債権者に転付しうるのであつて、転付と同時に転付命令は絶対的に効力を発生し、債務者の第三債務者に対する債権不存在の場合といえども形式的に右債権は差押債権者に移転せられ、別途の手続により取消ある場合は格別然らざる限り右債権の不存在による危険負担は差押債権者に移るものである。このことを本件更正の結果と併せ考えるときは、原転付命令の文詞自体及びその前後より推究し何等違算書損及びこれに類する明白な誤謬のない即ち実質、内容、形式共に何等の違法のない原転付命令に対しなされた違法の決定というべきであるから、ここにこれが取消を求めるため本件抗告に及ぶ。」というにある。

よつて按ずるに、債権転付命令の更正は、違算、書損その他これに類する明白な誤謬のあるときに限りこれをなしうることは、抗告人所論のとおりであつて、民事訴訟法第二百七条第百九十四条第一項の明定するところである。そしてここに誤謬とは、裁判所の意思(観念)と表示との不一致、即ち裁判所の希望するところを表示せず又は希望しないところを表示することをいい、違算は算数上の表示の誤りであり、書損は文字それ自体の記載方の誤りであつて一の誤謬の事例であるが、かかる誤謬が明白でないときは、果して裁判所の意思と表示との不一致であるのか、又は裁判それ自体の過誤であるのか明確をかく場合が少くないので、法律はこのような場合には更正手続により更正することを許さないこととしたのである。ところで本件被転付債権の更正は、果して明白な誤謬あるときにあたるのであろうか。誤謬が明白であるとは、その文詞自体の前後より推究しもしくはその事件において顯出せる訴訟資料と対照してその誤記たることを知りうべき場合に限るという抗告人の所論は抽象的には正しいのであるが、債権転付命令は差押債権者の申請によつて発するものであつて、いやしくも転付の要件を具えている以上、裁判所は申請の金額に拘束せられ被転付債権の額をふやすこともへらすこともできないことを注目すべきである。従つて裁判所が債権転付命令を発するに当り誤つて差押債権者の申し立てない額を被転付債権の額として表示したときは、裁判所の意思と表示との不一致であることが自ら明かであるので、これを明白な誤謬であるとして申立により又は職権を以て更正決定をなすことをうるものと解するのが相当である。今これを本件についてみるに、記録編綴の債権転付命令申請書によれば、東京地方裁判所昭和二十五年(ル)第二六二号債権差押命令申請事件につき差押えられた債権の内昭和二十五年八月三十一日に期限の到来したる金十五万円也を債権者に転付する旨の命令を発せられたき旨の記載あるにかかわらず、原裁判所が右申請に基き原転付命令を発するに当り被転付債権の表示を誤り差押債権の全額を記載したので、後日その誤謬に気付き職権を以て差押債権者の申請の趣旨にそうよう更正決定をなしたものであることが記録全般からうかがわれるので、原裁判所のかかる措置は正当であり本件更正決定は相当であるといわねばならぬ。

よつて抗告人の抗告を理由なしとし主文のとおり決定した。

(裁判長判事 大江保直 判事 梅原松次郎 判事 奥野利一)

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